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2006年9月21日 (木)

きょうじさんを偲ぶ会

夜、松本きょうじさんを偲ぶ会へ。

沢山の方々がきょうじさんの為に集まっていた。

会場では、加藤健一事務所の公演に出演した時のダイジェスト映像や、昔、きょうじさんが主宰していた劇団の公演の映像が流されていたのだけれど、劇団のほうの作品ではきょうじさんが作、演出で、明らかに主演で出ずっぱり、しかもお客さんの笑いを取っていた。

さすが王様。

舞台セットは学校の教室などで、髪型はマッシュルームカット、衣装は学生服で、黒縁の眼鏡を掛けていた。

作品のタイトルはわからなかったけれど、あのDVDが欲しかった。

また、セレモニーでの色々な方のお話から、俺の知らないきょうじさんの一面やエピソードを知り、より一層、もっとお話がしたかったという気持ちが強まった。

と同時に、俺なんかよりも親しい間柄だった方たちのことが、正直言って羨ましかったです。

劇団時代には終演後に、芝居とは繋がりもないライブをやっていたと聞いていたのだけれど、セレモニーの最後に、きょうじさんにそっくりな弟さんがギターの弾き語りをされていたのを見て、こんな感じだったのかもしれないと鳥肌が立ち、泣けてきた。

2006年9月20日 (水)

蝙蝠

自宅で一日中、台本書き。

夕方、外に出て煙草を吸っていたところ、上空に蝙蝠を発見。

クイッ、クイッと方向転換を繰り返しながら素早く飛んでいた。

それを面白がり、しばらくボケッと眺めていたのだけれども、意識を広い範囲に持ってみたところ、かなりの数の蝙蝠が飛び交っていることに気づいた。

遠くの空でもジャンジャン飛びまくっており、もう、あちこちで大変なことになっていたのだ。

大群。

バットマンやら黄金バットやらが登場しそうな勢いだった。

間勘平師匠がハゲヅラを被り、たくし上げた浴衣姿でステッキを突きながら現れ、

「血ぃ吸うたろかぁ」

ということになったら、いつでもコケる準備は出来ていた。

さて、珍しいことに本日は台本書きの調子が大変良く、10ページ以上書き進められているもので、今の勢いを大事にし、今夜も粘れるだけ粘っていこうと思っております。

頑張れ、俺。

2006年9月19日 (火)

ときめき

午前中、仮眠を取ろうとしたのだけれど、なにを興奮していたのか、一時間半で目覚めてしまった。

こういう時は再度寝ようと試みても無駄なことを知っているので、起きて台本を書いた。

午後、シャワーを浴び、郵便局での用事を済ませ、中野へ。

アボガド佐世保バーガーを食べ、台本書き。

夜、ザ・ポケットで演劇集団キャラメルボックスの芝居を観た。

終演後、温井摩耶さんに御挨拶。

しようとしたのだけれど、劇場ロビーで摩耶ちゃんが物販やサインをしていたので、外で煙草を吸いつつ待つことに。

しかし、物販を買い求めるお客さんが、なかなか途切れない。

すげえ、と感心してしまった。

しばらくして、ようやく手の空いた摩耶ちゃんに声を掛けた。

ラズカルズのことを気に掛けてくれていたのか、

「観に行くよー」

と笑顔で言ってくれたのだけれど、なんだか照れてしまい、

「う、うん…」

となってしまった。

しかし、またもや勇気が湧いた。

サンキュウです。

帰宅し、舞台美術の向井登子さんに電話をしようとケータイを開いた瞬間、今日、連絡を交わす約束などしていなかったにも関わらず、登子さんのほうから掛けてきてくれた。

まるで俺たち、付き合ってるみたいじゃないか、登子。

などと、若干ときめいた。

ときめいたにも関わらず、話した内容といえば、打ち合わせの日時の変更と、美術プランのことのみ。

色気、なしだ。

もちろん楽しいんですけどね、芝居の話が大好きな、全く色気のない、つまらない男なので。

登子さん、美術プランの為に、とある場所へと取材をしてきてくださったのだそうだ。

そういうのって物凄く嬉しい。

次の打ち合わせ、楽しみにしております。

2006年9月18日 (月)

願わくば、老練なリズムで

只今、深夜の一時半。

非常に身体がだるい。

友達のブログや日記などを読んで、気分転換をしたりして。

さあ、朝まで台本書きだ。

それ、台本台本台本、台本台本台本、台本台本台本、台本台本台本。

(♪ローレンローレンローレンのリズムで)

ローレン、というよりも願わくば、老練なリズムで書き上げたい。

そんなものないか。

早書きの劇作家なんて、そうはいないと思う。

ま、いいか。

物語へのイメージは、だいぶ濃くなってきた。

今回はラーメン屋が舞台の芝居なだけに、じっくりと時間を掛けてスープを煮込んで、ちょこちょこ灰汁を取っていこう。

どうしても、締め切りはあるのだけれども。

当然、焦ったりもするのだけれども。

そういえば「火取り虫」というタイトル、仮タイトルの時点では「欲望スープ」だったんだよなあ。

「欲望スープ」もかなり捨て難かったが、今は「火取り虫」のほうが、バッチシくる。

意味はですね・・・観て頂ければわかります。

是非!

2006年9月17日 (日)

励ましの一言

台本書きしたり、ブログの日記書いたり、チラシを配って宣伝したり。

「観に行くよ!」

の一言で、思った以上に心が励まされたことに驚いた。

不安なのか、俺。

台本は面白いことになってると思う。

金曜日までに、なんとか。

2006年9月16日 (土)

麺類狂

昼過ぎ、六本木へ。

俳優座劇場で青年座の芝居を観た。

開演前、知人の方々や、制作をされていた紫雲幸一さんに御挨拶。

「ブログ、読みましたよ」

と、紫雲さんが言ってくださったので、嬉しかった。

終演後、出演をされていた小豆畑雅一さん、舞台監督をされていた尾花真さんに御挨拶。

尾花さんが眼鏡をコンタクトにされているのを初めて見た。

新鮮。

さらに爽やかな舞台監督さんになってしまった。

小豆畑さんには、

「先日、下北沢で奥さんと歩いているところを見ましたよ、こう、二人で手を繋いで」

と、冷やかしておいた。

お二人に、声は掛けなかったのだ。

その口止め料というわけではないだろうけど、帰り際に思いがけずプレゼントを頂いてしまった。

感謝です。

まあ、口止めもなにも、

「いやいや、夫婦だしね」

と、おっしゃっていたのだけれども。

いいなあ。

その後、池袋へ移動。

もう稽古初日まで間がないので、電車などでは常に台本書き。

で、つけ麺を食べた。

ラーメン屋の芝居を書いているからか、最近、麺類ばかり食べている気がする。

そして、池袋シアターグリーン BOX IN BOX THEATERで、SPPTテエイパーズハウスの芝居を観た。

終演後、出演をされていた伊神典代さんに御挨拶。

感想などを色々と話した。

伊神さんは、ラズカルズの稽古場に遊びに来てくれるとのことなので、

「また!」

と、失礼した。

2006年9月15日 (金)

ほとんど居酒屋のラーメン屋

夜、劇団の稽古。

最寄駅で制作の一世ちゃんと待ち合わせ、稽古場へ。

一世ちゃんが差し入れしてくれたチョコとバナナの二種類のケーキを美味しく食べつつ、制作的なことの話し合い。

で、みんなに台本を読んでもらい、ディスカッション。

かなり有意義な時間だった。

で、一世ちゃんは早引けし、チュウキが書き直してきたコント台本の稽古をして終了。

帰りの途中、マジリンが、

「○○っていう、ほとんど居酒屋のラーメン屋があって、いいお店だったから、今度行きましょうよ」

と提案してくれたもので、さっそく行ってみた。

今夜は行けないという、マジリン以外で。

ごめんよ。

提案者だったマジリン。

駅前で、切なげな彼女と泣く泣く別れ、エバちゃんとチュウキと三人で、ほとんど居酒屋のラーメン屋へ。

確かに美味しくて良い店だったけど、帰り道、三人で、

「ほとんど居酒屋の意味がわからない」

といった話になった。

「普通にラーメン屋だよね」

と。

2006年9月14日 (木)

二人きり

昼過ぎから、とばちゃんの病室で台本書き。

個室なので、看護士さんが点滴を取り替えてくださる時以外は二人きり。

とばちゃんと、こんなにも長い時間を二人きりで過ごすのは初めてかも。

夜、妹も来た。

三人で笑って話せて良かった。

とばちゃんの枕元には、家族で持ち寄った綺麗なフラワーアレンジメントやら、トルマリン鉱石やら、身体に効く「氣」のなんたらが置いてある。

夕方に売店でアイスクリームと「ばかうけ」を買って食べたのだけれど、そのせいか腹を壊し、大変なことになった。

もう、いい大人なのに。

2006年9月13日 (水)

抱っこ

午後、祖母と母親と姉と姪と一緒に、とばちゃんのお見舞いをした。

とばちゃんは、母方の祖母の14歳上の姉。

病室で、

「ここにいる全員が、とばちゃんに抱っこされたんだね」

と言って、みんなで笑った。

2006年9月12日 (火)

無理です

雨振り。

昼過ぎに六本木の俳優座劇場へ行き、エバちゃんと二人でチラシの折り込み。

例によって、色々とおしゃべりをしつつ。

青年座の制作の方や、同じく折り込みに来ていたひげ太夫の林直子さんに御挨拶。

本日は一時間ほどの折り込みだったにも関わらず、またもや首がバキバキになってしまった。

その後、エバちゃんは熊のパティーと出会ったのだな。

俺は単身、学芸大学へと移動。

theatre plateauxのshinryさんにお会いし、色々とお話を。

玄関がオートロックで高級感溢れる事務所だったもので最初は緊張したけれど、とても気さくな方だったので楽しく過ごせた。

なんて浮かれてたら、傘を事務所に忘れたまま表に出てしまった。

どうしたものかと一瞬、躊躇。

結局インターフォンでお願いし、わざわざshinryさんにオートロックを開けて頂いた。

赤面。

動揺して、駅までの帰り道、迷ったし。

で、三鷹へ移動。

駅で友人と待ち合わせ、三鷹市芸術文化センター「星のホール」で東京タンバリンの芝居を観た。

終演後に劇場や居酒屋で、作、演出をされていた高井浩子さん、出演をされていたカムカムミニキーナの佐藤恭子さん、本間剛さんに御挨拶。

「火取り虫」に出演して頂く恭子さん、旅行が趣味とのことで誘ってくださいました。

「たけ、行く?」

「え、公演のあとですよね」

「ううん、稽古中」

「無理です、合宿ならいいですけど」

となった。

今、温めている企画があるので、公演後に行きましょう。

2006年9月11日 (月)

とばちゃんの入院

家で台本書き。

夜、とばちゃんの具合が悪くなり、救急車を呼ぶことに。

家族全員が病院に集まり、先生と看護士さんの話を聞き、深夜に帰宅。

とばちゃんは、そのまま入院することになった。

2006年9月10日 (日)

ドドドドドーン

深夜に雷雨。

仮眠していたところにドドドドドーン。

一瞬、どこかで花火大会でもやってるのかと思った。

半分寝たままの頭で外を眺めたら稲光。

で、ドドドドドーン。

・・・おっかねぇ。

2006年9月 9日 (土)

続ストーカー

夕方、江古田ストアハウスでRe-metropolis projectの芝居を観た。

終演後、出演をされていた江藤亜耶さん、偶然同じ回を観にいらしていた友人や知人の方々に御挨拶。

江藤ちゃんとは三年ほど前からの友人で、出演した作品をビデオで観たことはあったのだけれど、こうして生で拝見するのは初めてだったもので、嬉しかった。

江藤ちゃんが沢山のお友達に挨拶をしていたので、最後に御挨拶しようと思い、ストアハウスのロビーにあるカウンターでオレンジジュースを注文して飲んだり、煙草を吸ったりして待つことに。

最後のほうはロビーに、あまり人がいなくなってしまったもので、ひたすら江藤ちゃんを待っている根気の良いストーカーだと思われたらどうしよう、などと要らない心配をしてしまった。

帰宅し、台本書き。

暑い日だった。

2006年9月 8日 (金)

ストーカー

夕方、三鷹芸術文化センターへ。

カムカムミニキーナの佐藤恭子さんへとお届け物。

で、劇団の稽古へ。

マジリンがラズカルズ名刺を刷り、みんなに配ってくれた。

で、エバちゃんが調査してくれたことを元に、あることを色々と検討。

今回はその話し合いに時間を掛けたもので、ゲームやエチュードはせず、チュウキが書いたコントの稽古のみ。

本読みを一度だけやり、立ち稽古。

なかなか面白かったけれど、意外に難しい役どころかも。

帰りの電車で、エバちゃんと台本の話をしていたらイメージが広がったもので、このままもう少し話していたいと思い、エバちゃん宅の最寄駅まで遠回りしてしまった。

いや、ストーカーじゃないっすよ。

帰宅し、台本書き。

2006年9月 7日 (木)

配達人

昼過ぎに新宿シアターサンモールへ。

劇団 昴の坂本岳大さんへとお届け物。

その足で新宿西口方面へと、ひたすら歩いた。

汗だく。

で、林竜三にもお届け物。

竜ちゃんとお茶をしばき、おしゃべり。

新宿駅まで一緒に歩き、別れた。

夜、少しだけビールを飲んだ。

2006年9月 6日 (水)

メロン記念日

本日は母方のおばあちゃんの姉、つまり大祖母の誕生日。

奇しくも、秋篠宮ご夫妻のお子さまが産まれた日となった。

ついでに、チュウキの誕生日だった。

奴のブログを読んだところ、どうやらロンリーだったらしい。

お祝いメールは二件だったようだ。

ちなみに、その二件のうちの一件は俺だ。

さて、大祖母の登美子おばあちゃん、通称とばちゃんが89歳の誕生日だったもので、夜、花とメロンを贈った。

とても喜ばれ、

「まあ、たーちゃん、綺麗なお花を・・・ありがとう、もういつ死んでもいい、思い残すことはない」

と、涙を浮かべておられました。

後半の台詞、リアル過ぎるからやめてくれ、と思ったが、おそらくアレは嘘泣きだった。

女優、登美。

SMAPの大ファン。

で、数時間後。

とばちゃんから、

「胸が苦しい、○○病院の○○先生に診てもらいたい」

との連絡が入った。

俺が真っ先に思ったことは、

「メロン食べたから?」

だった。

が、まだ食べていなかったらしい。

危なかった。

とんだメロン記念日になるところだった。

で、すぐに掛かりつけの先生に連絡を取ったのだが、診療時間はとっくに終わっていた。

が、帰宅されていたところをわざわざ病院に戻り、診てくださることになった。

先生の診たてによると、長時間良くない姿勢を取り続けていた為、心臓に負担が掛かってしまったとのことだった。

とばちゃんは、誕生日のプレゼントを贈った俺たち親戚に、お礼の手紙を何枚も書き、お金まで包んでくれていたのだった。

背中を曲げた姿勢で。

病院に付き添った俺と母親で、

「手紙はわかるけど、どうして自分の誕生日にお金を包む・・・」

と、脱力してしまった。

まあ、無事で良かったけれども。

ちなみに、とばちゃんは問診の際、病院の先生に、

「もうちょっと生きていたいんです」

と、懇願していたらしい。

「もういつ死んでもいい、思い残すことはない」

という言葉は、早くも覆された。

さては、やはり嘘泣きだったな。

2006年9月 5日 (火)

売れっ子アイドル

台本書きやら製作面の仕事やらで、睡眠時間がやばい。

昨日が三時間で今日が一時間。

売れっ子アイドル並みの睡眠時間だ。

勿論、売れっ子アイドルはこんな地味な仕事はしないだろう。

俺はアイドルでもなければ売れっ子でもない。

そんな現実を突きつけられたような気がした。

なので、今日も地道に頑張った。

午前中から昼過ぎに掛けて、チュウキと二人でドライブ。

ドライブ、というか、車でチラシの配達。

互いが持ち寄ったCDを何枚も垂れ流し、くっちゃべりながら、ひたすらドライブ。

今思うと、チュウキが運転している最中に眠れば良かったのだ。

売れっ子アイドルなら絶対にそうしたはずだ。

売れっ子への道は遠い。

アイドルへの道は、すでに閉ざされている。

むう。

チラシの配達もいいが、売れっ子への道を快適にドライブしたいものだ。

渋滞は嫌。

三鷹、下落合までは俺も一緒だった。

が、夕方からはチュウキに任せ、俺は五反田で車を降り、池袋まで電車で移動し、昼食を取った。

で、舞台美術の向井登子さんと打ち合わせ。

ラフのデザインを頂いた。

超嬉しい。

「まだまだ面白いことが出来そうなんだよねえ」

と、おっしゃる登子さん。

たっぷり二時間、お互いの意見を出し合った。

次の美術打ち合わせは二週間後。

本当に楽しみだ。

夜、品川や練馬のほうまで回ったチュウキから、配達終了の知らせが入った。

「・・・最悪だわ」

「なにが」

「いや、車に当てられてさ、今警察で待ってるとこなんだよ」

「え、嘘だろ」

「馬鹿、嘘だよ」

馬鹿はお前だ。

2006年9月 4日 (月)

俺の優しさを拒否

夕方、新大久保の東京グローブ座でチラシの折り込み。

マジリンと二人でせっせと。

基本的には製作面のことや世間話など、色々とおしゃべりをしながらやるのだけれど、二時間休みなしの単純作業は、やはり堪える。

終盤は無口にならざるを得なかった。

終わったあとはしばらく、後頭部から首に掛けてがバキバキに。

どうか、このチラシを手に取った中から何人かでも、観に来てくださるお客さんがいますように。

そういえば、俺たちの隣りで折り込みをしていた若い男性の役者さんが玉のような汗を流していた。

確かに劇場のロビーは少し暑かったが、あんなにも大量の汗をかいている人は他にはいなかった。

「すごい汗ですね」

と声を掛けたところ、

「はい、暑くて!」

と、笑顔で応えてくれた。

周りの人も口々に、

「すごい汗だ」

と感嘆していた。

「なにか病気では?」

と、少し心配もしたが、まあ、新陳代謝が良いのだろう、若いから。

で、劇場の外に出て、気持ちの良い風を感じ、思い出した。

折り込み前にマジリンが、

「たけさんの飲み物、途中でひと口飲ませてもらうかもしれません、買い忘れちゃって」

と言っていたことを。

心優しい俺は、さぞや喉が渇いていることだろうと思い、残り少なくなったアクエリアスをバッグの中から取り出し、

「飲む?」

と、生温いそれを差し出した。

「・・・結構です」

と、断られた。

ショックだった。

俺の優しさを拒否するだなんて。

当然か。

なんか、細菌とか微生物とかが生まれてそうだったもの。

ちゃんと飲み切ったけど。

で、駅前のルノアールに入り、二人でお茶をし、生き返った。

近頃、労働をするとお茶をするようになった気がする。

俺も大人になったものだ。

2006年9月 3日 (日)

血に対する疑問

ラズカルズのwebサイトに載っている俺の血液型に対する疑問。

マジリンの「O」よりも明らかに細く「0」となっているのは、俺の体型によるものなのだろうか。

そして今、キーボードを叩いてみてわかったことなのだが、「O」を小文字にしただけでは「O」や「o」となるだけで、やたらと細い「0」には成り得ないのだ。

「何故だ?」と思い、ふと数字のゼロのキーを押してみたところ、めでたく細い「0」となったのだった。

よし。

いやいや、よし、じゃないよ。

めでたくもないし。

俺の血液型、ゼロかい。

ないことになってるじゃないか。

ちくしょう、さてはwebサイトのダメ出しのことを根に持って「血も涙もないゼロの奴」とか、そういうことが密かに表現されているわけだな。

などと勘繰ってもみたくなる。

お時間ございましたら是非、ラズカルズwebサイトの「メンバー」で「入交恵」の血液型を確認したのちに、「松本たけひろ」のところの血液型と見比べてみてください。

ちょっと笑えると思います。

2006年9月 2日 (土)

楽しいじゃないか、おい

ひたすらに台本書きし、サイゼリアに遠征もし、ドリンクバーだけのつもりが小腹が空いて牛挽き肉のカツを単品で頼んで食べたりし、帰ってからは製作面の仕事をした。

楽しいじゃないか、おい。

2006年9月 1日 (金)

大々的に

夜、有楽町で友人と待ち合わせ、銀座みゆき館劇場でマエタケスタ!の芝居を観た。

開演前、当日運営をされていたG-upの赤沼かがみさんに御挨拶。

昨日は本当にお世話になりました。

終演後、出演されていたザズウの花井京乃助さんに御挨拶したところ、マエタケスタ!の主宰でもあり、BQMAPの劇団員でもある前田剛さんをわざわざ紹介してくださいました。

その後、友人と共に飲み会にまでお邪魔させて頂き、出演をされていたinnerchildの宍倉靖二さん、中津川浩子さん、衝突安全ボディ-の三浦香さん、脚本を書かれた田原弘毅さんにも紹介して頂き、御挨拶。

我々の「火取り虫」に出演して頂く花井さん、皆さんにチラシを配り、宣伝までしてくださいました。

それも、かなりのハイテンションで大々的に。

俺のような若輩者は、ついていくのが精一杯で、というか、全くついていけてませんでした、はい。

心より感謝致します。

花井さんの素敵なお人柄により、「観に行きますよ」と言ってくださった方々が何人もいらして、すごく嬉しかったです。

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