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2005年1月31日 (月)

あたたたたたたぁ

外の空気を吸おうと思い、家のドアを開けると、夜空に北斗七星がバーン!

びびった。

今夜はやたらと星が近いなー。

なんて、馬鹿づらで夜空を眺めていると、東の方角から飛行機が、

「ゴォー」

と、音を立てながらやってきて、北斗七星の、

   ・
 ・   ・ 
   ・
 ・
      ←このへん
 ・
   ・

を飛んでいった。

全然意味ないことだけど、なんか嬉くなった。

2005年1月30日 (日)

ピロリロリーン

こないだの飲み会楽しかったよー!メールくれたのに返信し忘れててごめんなさい。今度いつ会えるかなぁ☆

(ノ ゚Д゚)ノ ==== ┻━━┻

知るか!

俺、そんな飲み会行ってないし。

なんでだろう。

ここ数ヶ月でお色気メールが急増した。

なんだかパソコン買い換えてからって気がする。

お色気のカラクリはそのへんにあるとみたが、どんなもんだろう。

んが。

解決方法が浮かばない。

むう。

メルアド変えたくないしなあ。

今のはケータイ持ち始めてから6年間くらい変更してない。

不動の4番バッターなのだ。

自分の名前をいじっただけの、ものすごくベタなやつだけど。

んー。

数件のお色気メールだけが届く日もある。

友達からのが全然なくて。

そんな日は、ちょっぴり泣いてもいい日だ。

不思議なのが、プロバイダーであるniftyのお知らせメールが夜中の3時頃に配信されるってことだ。

謎。

理由がないなら改善して欲しいなあ。

2005年1月29日 (土)

コーヒーとミルク

近所のファミレスで台本書き。

喫煙席だと煙草を多く吸ってしまったり、周りの人たちの煙がきつかったりするので、禁煙席で。

それでも、たまに出入口に置いてある灰皿まで行き、吸ったりもした。

わがままだな、俺。

店内には色んなお客さんがいた。

左前方、奥さまたちの集まり。

騒ぐ子どもたちを叱りつけながらのおしゃべり大会。

子どもたちよりも、奥さまたちのほうがよっぽどうるさい。

右前方、別れ話をしてるっぽい若い男女。

沈黙度高めで、そこだけがものすごく暗い。

くそ、気になるじゃないか。

左隣り、スポーツ新聞を持った中年男性。

「そのパソコン、いいですね」

と、話し掛けられたりした。

その中年男性は、会社をリストラされ、今は失業保険を受けながらパソコン講座に通っているという。

細身で眼鏡を掛けていた。

色々とパソコンについて質問された。

「今、なんの作業をされてるんですか?」

なんて訊かれたけど、

「お芝居の台本を書いてます」

とは答えられず、

「はあ、ちょっと、はい」

などと、つい曖昧な感じに濁してしまった。

なんだか恥ずかしいし、集中したかったから。

「なるほどねえ」

いや、なにが、「なるほど」なのかは良くわからなかったが、そのおじさんはコーヒーを何度もお代わりしつつ、長時間そこにいた。

きっと常連さんなんだろう。

「ん、お代わり」

カップを指し、ぶっきらぼうに言い放つ。

ウェイトレスさんも慣れているのか、

「はい」

と、無表情でコーヒーを注ぎに来る。

持っていたスポーツ新聞を読むわけでなく、ただコーヒーだけを飲んで長時間座っている。

やがて、

「それじゃあね」

と、席を立ち、

「はい」

と、飴玉をひとつ、俺のテーブルに置いて去って行った。

それは、ミルク味の飴玉だった。

2005年1月28日 (金)

某劇団の座長

朝、新宿駅の南口改札で待ち合わせ。

某劇団の座長さんに、ビニール袋に入ったあるブツを手渡す為です。

ブツっていってもまあ、本が二冊だけなんですけどね。

待ち合わせの時間よりも早くに着いてしまったので時間を潰すことに。

本屋で。

何冊か目にパソコン雑誌を手にしたところで、

「着きましたー」

とのメール。

棚に本を戻し、改札口に向かった。

すると、反対側のほうに俺の姿を探している座長の後ろ姿を発見。

近くに寄り、

「こっちだよ」

と肩を叩くと、座長は身をちぢこまらせて、

「ふんああああああぁ!」

と叫んだのでした。

その驚きようといったらなかった。

「痴漢か、俺は!」

もしくは、

「万引きしてたのか、お前は!」

といった感じで。

で、大勢の人が行き交う改札口で、30分くらい立ち話をして、バイバイしました。

はー。

座長、漏らすのは別にいいけど、乾くまで付き合わされる準劇団員の身にもなってください。

それからえっと、未熟者ではございますが、また喫茶店でオーディションしてください。

がんばりますから、俺!

という売り込み。

2005年1月27日 (木)

ミステリー

満員電車の先頭車両に乗っていた。

俺の目的の駅のひとつ前で、ドアの閉まり掛けの時に、

「わー」

と飛び込んできた中年男性三人組がいた。

迷惑な大人たちだなぁと思っていると、彼らは笑いながら、

「ラッキーだったね」

なんて言い合っていた。

ラッキーって、なにかね?

彼らが立っている電車の床が、

「サーッ」

と開いて、彼らが、

「わーっ」

と落ちて、何事もなかったかのように発車オーライ。

そんなことを想像してしまった。

やばいかな。

ところで、「三人組」といって思い出すのは、「ズッコケ三人組」だ。

あのシリーズは小学生の頃の愛読書だった。

ハチベエ、ハカセ、モーちゃん。

わんぱく、メガネ、太っちょ。

とってもわかりやすい個性の三人組だ。

夏休みに、何気なく姉の文庫本を借りて読んだら、見事にハマって、図書館なんかで一気に読破した。

「アルセーヌ・ルパン」シリーズとか、西村京太郎の小説も好きだったっけ。

テレビだったら、「火曜サスペンス劇場」だし。

きっとミステリー好きだったんだな、俺。

「中央線先頭車両床開き殺人事件」

なんて、面白くなさそうだな。

ミステリーでもなんでもないし。

2005年1月26日 (水)

豆が降っています

「雨が降っています」

と、打ったつもりが、

「豆が降っています」

となっていた。

天変地異か!

うー、俺は本当に台本を書いている人間なのだろうか。

深く自問自答。

節分には早いし。

そういうことじゃないけど。

でも今朝、セブンイレブンで買い物をしたら、恵方巻きのチラシがビニール袋の中に入っていた。

食べたことないなあ、恵方巻き。

ひとつ、今年は買ってみることにしよう。

雨。

朝には雪に変わるとか。

今、深夜の2時を過ぎたくらい。

昼間、仮眠から目覚めた時、頭痛がした。

風邪は嫌だと思い、急いで水分とビタミン剤を摂ったのだけど、遅かったみたい。

今も痛いもん。

どーんどーんどーんの鈍痛です。

ああ、こんな気分で打った文章は、やっぱり「だらりん」としている。

反省。

しゃっきりしゃっきりしゃっきりなぁー!

己に言い聞かせてみました。

うし!

がんばるぞーい!

2005年1月 7日 (金)

ピヨちゃんの貯金箱

 ― 昨日の日記の続き ―

次の日。

学校へと休むことなく、頭に包帯を巻いて、元気に登校。

無遅刻無欠席だけが取り得だったので。

しかし、昨日、大騒ぎしてしまった手前のこと。

クラスの友達(片想いの女の子を含む)と、顔を合わせる照れ臭さと、若干の緊張を感じつつ、教室へと入りました。

すると黒板にはなんと、頭から血の吹き出している不細工な鳥の落書きが。

しかも、その鳥の横には、

「羽ばたけ松本!」

だなんて書かれているではありませんか。

ついでに俺のあだ名は、

「まっちゃん」

から、当時ウチで飼っていた手乗り文鳥の名前から取ったという、

「ピヨちゃん」

に変わっておりました。

うー、こいつら、心配するどころか、すっかり俺をネタにしてんじゃねーか!

もの凄い怒りによって、頭の傷口からは真っ赤な血が吹き出し、教室は血の海と化しました。

嘘です、はい。

あのね、でもね、いいこともあったんですよ。

片想いだった女の子に、

「松本くん、大丈夫だった?」

なんて言ってもらえたんす。

わーい!

俺はただ、

「うん、大丈夫」

だなんて、顔を赤くして、目も見らんないままで答えてましたけど。

ま、あとはなにも発展することなく卒業しましたよ。

ちくしょー、モテなくて悪かったな!

そして現在、大人になった俺の頭には、もうあまり目立たなくはなりましたが、貯金箱のような傷跡が残っているのでした。

そんなわけで、この日記を読んでくださっている皆々様、酉年の本年もどうぞ宜しくお願い致します!

どんなだ。

 ― おわり ―

2005年1月 6日 (木)

支障あり

 ― 昨日の日記の続き ―

担任の先生に親子で頭を下げ、お世話になったお礼と、ご迷惑をお掛けしたお詫びの言葉をのべ、その日は学校には戻らずに、直接、病院から家に帰りました。

母親が漕ぐママチャリの後ろのカゴに揺られて。

昔からチビだったもんで中二なのに乗れちゃいました。

ひとつ年上の姉ちゃん(当時中三)には、同じ中学校だったもので、夕方、家に帰って来るなり、

「廊下でさあ、あんたのクラスの子たちに、あ、まっちゃんのお姉ちゃんだ、さっき、まっちゃんがトイレで頭、怪我しちゃいましたよ!なんて言われて心配しちゃったじゃん!」

と文句を言われました。

そうか、クラスのみんな、心配してくれたんだ。

もしかしたら、俺の好きな美術部のあの子も、心配してくれたのだろうか。

ちなみに、その頃の俺はすごく奥手で、女子とはろくに話も出来ないような、ウブな男の子でした。

その女の子への恋も、俺の単なる片想い。

夜、その子がウチまでお見舞いに来てくれ、いい感じのカップルになる、という妄想を胸に、風呂にも入れず、頭の傷口の痒みを我慢しつつ、眠りにつきました。

 ― つづく ―

2005年1月 5日 (水)

塩はないか

 ― 昨日の日記の続き ―

担任の先生から電話で、

「お子さんが頭を怪我して、病院で手術中です」

と知らせを受けた俺の母親。

「ええっ!」

衝撃を受け、母親が頭の中に浮かべたイメージは、

「頭がパックリ割れて、脳味噌が頭から出た」

というような、なんとも恐ろしいもの。

電話を切り、大慌てで病院へと、ママチャリを走らせたそうです。

号泣しながら。

そして、包帯を頭に巻きつけた俺と、病院へと駆けつけた母親がご対面。

母親 「あんた大丈夫なのっ?」

俺 「塩ないかな」

母親 「塩?」

俺 「頭に塩、あるかな?」

母親 「なんで頭に塩があるのよっ?」

俺 「だって頭に塩があったら困るから」

母親 「塩がっ?」

俺 「塩が」

ああああああああぁ!

この子、頭ぶつけてどうにかなっちゃったんだぁ!

と、心の中で泣き叫び、我が子の、これからの人生を憂いた母親。

いや、俺は頭に、

「塩ないかな」

じゃなくて、

「支障はないかな」

って訊いただけなのに。

「まぎらわしいな!」

と、頭を殴られそうになりました。

でも、今、思い返してみると、CTスキャンを使ったりして、頭の中とか調べてなかったもんなあ。

支障、あるかもしれません。

 ― つづく ―

2005年1月 4日 (火)

ビビッてた

― 昨日の日記の続き ―

担任の先生の車で病院に辿り着き、車の外へ這い出た俺は、自力で歩こうとしたのだけれど、貧血のせいか足はガクガク、身体はフラフラ。

きっと、滅多に見ることのなかった自分の流血を見たことで、ビビッていたのでしょう。

結局、先生に肩を貸してもらい、病院の待合室へ。

で、そこからの細かいことは、俺の記憶からすっぽりと抜け落ちてしまっております。

覚えているのは、病院の先生に頭の傷口を何針か縫ってもらった時の感覚だけ。

針で力強く、

「ググッ、ググッ」

と縫われる感覚。

縫われながらぼんやりと、

「頭の皮膚って、硬いんもんなんだなあ」

と感じていました。

死ぬだなんてとんでもない。

頭蓋骨など骨折してなかったのです。

ただ、頭の皮膚を数センチ切ってしまっただけ。

自分で過大評価してしまったというか、被害妄想だったというか。

お恥ずかしい限りです。

そして、大変だったのは俺だけでなく、担任の先生から電話で知らせを受けた俺の母親でした。

 ― つづく ―

2005年1月 3日 (月)

担任の先生

 ― 昨日の日記の続き ―

このトイレでの事件は、俺が中学二年生の頃に起こりました。

当時の担任の先生は、三十代半ばの男性で、専門教科は英語でした。

授業での第一声は、やはり、

「スタンダップ!」

でした。

にも関わらず、顔は、井上ひさしさんにそっくりなんです。

井上先生といえば、こまつ座の座付き作家さんで、日本語への造詣がとてつもなく深い、俺の尊敬する偉大な劇作家さんです。

直木賞に輝くような小説も書いてらっしゃるので、教科書には似顔絵が載っていました。

中学生の頃、井上先生の存在を知らなかった俺は、その似顔絵を見て、

「○○先生じゃん!」

などと爆笑したものです。

しかし、芝居をやるようになった俺は、女優の西山水木さんのおかげで、なんと、井上先生と直接お会いする機会に恵まれたのでした。

中華料理を御一緒して、お話しちゃったりして。

その時は、こまつ座の舞台も観ていて、すっかりファンになっていたので、もうミーハー的な大興奮っす。

昔、井上先生の似顔絵の横に、

「スタンダップ!」

なんて、イタズラ書きをしたことはすっかり忘れて。

閑話休題。

中学二年生の頃の話に戻ります。

トイレの入り口に倒れて、頭の怪我に動揺しつつも、こんなことになった理由がわかりました。

手洗い場の凸のてっぺん部分によじ登った俺は、友達が流しているホースの水に集中するあまり、上、つまり天井への意識が皆無だったのです。

それで、ジャンプした直後、入り口の梁の角に頭を強打した、というわけで。

パニックに陥り、学ランがトイレの水でズブ濡れになった俺は、駆けつけてくれた担任の先生にお姫様抱っこされ、そのまま廊下をダッシュした先生の車で、病院へと運び込まれたのでした。

 ― つづく ―

2005年1月 2日 (日)

飛んだはずなのに

 ― 昨日の日記の続き ―

真っ白。

一瞬で世界が真っ白になりました。

なにがなんだかわかりません。

しかし、長い空白の時間ののちに、徐々に状況がつかめてきました。

まず俺は、トイレの入り口の床に倒れている。

そして、床のタイルが冷たい。

まわりで友達が心配してくれている。

うーん。

そんなふうに、意識がはっきりしてきたとたん、猛烈な痛みが俺の頭を襲いました。

その痛む部分を、恐る恐る指で触れてみると、なんと驚いたことに頭が、

「ボコッ」

と陥没しているではありませんか。

頭蓋骨、折れた。

そう思い、指先に目をやると、真っ赤な血で染まっています。

死ぬかも。

トイレの天井を見上げ、少し冷静に、そう感じました。

それでも、知らせを聞き、駆けつけてくれた担任の先生に、

「松本、大丈夫か!」

と、抱きかかえられられた時には、リアルに恐怖を感じることが出来ました。

大袈裟かもしれませんが、生きることへの意欲を取り戻したのです。

あの世から、この世に引き戻された感覚。

そして、現実の世界へと一気に戻った俺は、激しく動揺して、

「やばいやばいやばい!」

という言葉を心の中で連呼していました。

 ― つづく ―

2005年1月 1日 (土)

羽ばたけ酉年

あけましておめでとうございます!

2005年もどうぞ宜しくお願い致します。

えー、今年は酉年ということで、ワンダーフォーゲルは飛躍の年となるはずです。

なぜならば、「ワンダーフォーゲル」というこの言葉には、「渡り鳥」という意味も込められているからです。

よっしゃ、いただき!

羽ばたけ、俺!

・・・・・・

そう、思い起こせば中学生の頃。

掃除の時間の真っ最中に、わたくし、まさに鳥になったことがございます。

ちょうどその週はトイレ掃除の班だったのですが、ホースから流れ出る水を縄跳びに見立てて、友達と一緒に遊んでおりました。

友達が持ったホースから勢い良く出てくる水の縄。

それをジャンプして飛び越えるという、低次元なこの遊び。

低次元なんだけれども、低次元な俺らは、それこそ学ランを濡らしながらも夢中になって遊んでました。

そして、飛び越える水の高さが段々と上がっていき、胸くらいの高さになった時、その事故は起きました。

むむ、とてもじゃないけど自力では飛び越せないぞ。

そう判断した中学生の俺は、トイレの真ん中にあった手洗い場の、凸状になっているてっぺんによじ登りました。

そのてっぺんから、

「はっはっは、そんな低いのなんか余裕だぜ!」

とばかりに、ホースを持った友達を見下ろして、ホースの水を飛び越えるべく、

「やー!」

と叫びながら、そう、まさに鳥のように大きくジャンプしたのでした。

 ― つづく ―

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