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2004年3月31日 (水)

浄化

朝、寝ぼけまなこで無精ひげを生やしたまま、外を歩いていた。

ふと前を見ると、仲良く手をつないで歩いている男の子と女の子がいた。

ニコニコしながら歩いていた。

二人だけで。

幼稚園の年長さんくらいかな。

同じくらいの背たけ。

たぶんキョウダイか恋人同士。

男の子は青い服。

女の子はピンクの服。

二人ともお揃いの帽子をかぶっていた。

ちいさな身体に大きなカバンをぶら下げて。

そして、信号のない横断歩道を渡る二人。

車の通る気配は全くないけれど、きちんと左右の確認をおこたらない。

手をつないでるから、それぞれが空いてるもう片方の手を嬉々と振り上げて、横断歩道を渡ってゆく。

そんな、男の子と女の子。

ああっ!

幼い二人の、なんと輝いて見えたことか!

最高にキュート!

もう、誘拐しちゃいたいくらい!

いやいや、しませんけど、誘拐。

誓って。

だって、

「二人とも偉いねー!」

なんて、声すら掛けられなかったんですもの。

無精ひげの、この薄汚れた俺には、目を細めて見送るくらいのことしかできませんでした。

爽やかな朝日の中で、キラキラと輝いている二人。

グラサンなしでは眩しすぎ。

まるで、卑しい怪物のような気持ちになりました。

「うげげっ、早く人間になりたーい!」

そんな感じ。

でも全然オッケー!

むしろ感謝しちゃいます。

この清々しさをありがとう!

素直にそう思えた朝でした。

2004年3月30日 (火)

サンダル日和

大雨だ。

折角咲いたのに桜が散ってしまう。

台本を書き上げたら、花見するって決めてるのに。

まあ、雨が降るのは好きなんだけど。

空気の汚れを洗い流してくれるし。

空気が綺麗になるのは気持ちが良いし。

まあ、晴れた翌日なんかには、道路が生臭くなってたりもするけれど。

あれってなんで?

ミミズやカエルが雨水の洪水で、

「うわー!」

って、巣から流されるせい?

夏場には強烈な太陽光線によって、カピカピにされてるのを良く見かける。

あれは切ない。

「これって、水を浴びせたら元に戻るのかなあ」

って思うけど。

乾燥ワカメ?

あれみたいに。

あと雨が降って嫌なのは、外を歩く時に、靴や靴下に雨水が染み込んでくること。

気持ちが悪くて耐えられない。

どうしても代えの靴下が必要になる。

それがない時はもう、イライラ。

ライラライラ。

まあ、脱げる時は脱ぐけど。

サンダルで構わなければサンダルはくし。

・・・・・・

なんだか無性に、新しいサンダルが欲しくなってしまった。

よし、今度いいのを見つけたら買ってしまおう。

今のは濡れたタイルの上を歩くと滑って転んでしまうから。

というか、実際、転んだから。

2004年3月29日 (月)

パチョコン会議

夜、順子の部屋で、ラム☆天の台本会議。

里香ちゃんと一緒にダイクマに行き、念願のパソコンを買って来た和嘉ちゃん。

笑顔を振りまいて、

「いやぁ、買っちゃいましたよぉ、パチョコン!」

と、とっても嬉しそう。

あまりに幸福そうだったので、おニューのパチョコンが入った箱を順子とふたりで蹴っ飛ばし、苛めてやりました。

いや、

「ぱちょこん、ぱちょこん!」

って、ほんの軽くですけど。

そうしたら和嘉ちゃんが必死になって、

「やめてくださいよう、あたしのパチョコン!」

なんて言ってやが、いえ、言っておりましたので、まだまだ憤りはおさまらなかったものの、破壊はせずに勘弁してあげました。

まあ、順子は思いっきり、

「パチョコンちょうだぁい!」

と、おねだりモード全開でしたが。

そののち。

順子がみんなに紅茶を淹れてくれ、台本会議スタート。

台本をプリントアウトする時間がなかったので、パチョコンごと持って行ったものをみんなに読んでもらいました。

ひとつのパチョコンの画面を四人で見ている状態。

読むのがいつも遅い和嘉ちゃんが、みんなに、

「読んだ?」

と訊いて、ページを送る係り。

「当り前じゃん」

という、みんなのリアクション。

和嘉ちゃん本人は、

「熟読してるから遅いんだもん!」

と言い張っていますが、たまに操作を間違えて前のページに戻るので、ひんしゅくを買ったりもしていました。

そんなこんなで、みんなで読み終わってからダメ出し&ディスカッションタイム。

んー。

まだまだ未完成のものではありますが、みんなの意見を聞いたところ、作品の方向性としては今回のものでいけそうな手応えがありました。

自分でも気に入ってますし。

いや、もちろんダメ出しはありました。

最後まで書けてない申し訳なさもあり緊張もしました。

殴られたら痛いかなって。

でも、まだ書けてない先の構想なんかをみんなに説明したり、話し合ったりすることで、自分一人で考えてたことが整理され、新しいアイデアが湧いてきます。

共同作業っていいな。

がんばろ!

2004年3月28日 (日)

やっちゃった

徹夜して、朝の7時に、

「一時間だけ!」

という感じで布団の中にもぐり込み、11時半に起きました。

12時半に初台駅の改札口で、フルーチョの佐藤宙輝と待ち合わせをしています。

初台駅までは、1時間25分かかります。

・・・・・・

で、11時半に起きました。

・・・・・・

初台駅までは1時間25分かかります。

・・・・・・

で、11時半に起き、

遅刻じゃん!

馬鹿なのか?

馬鹿なのか俺は!

そもそも睡眠一時間なんてこと、連チャンで出来るわけがないんだ!

サイボーグか?

サイボーグなのか俺は!

なんて弱い!

なんて弱いサイボーグなんだ!

頼むから改造してくれ!

嫌じゃボケぇぇぇぇ!

・・・・・・

はー。

初台駅へと向かう電車の中で、そんな責め言葉を自分自身に向けて放ってみました。

宙輝くん、許してくれるかな?

いや、ホントすいません!

宙輝メール 「チケット、お前の名前で取ってあんだろ? 劇場前で待ってるわ」

彼とは、新国立劇場でのマチネ公演を御一緒に観劇、なのです。

で、5分前に辿り着きました。

開演ギリギリ。

しかし、彼は遅刻を許してくれた様子でした。

先日、彼がプレゼントしてくれたシャツを着て行ったから?

それに加え、走りながら笑顔で手を振ったのが功を奏したのかもしれません。

ふー。

で、芝居も観終わり、その感想なんかを話しながら、昼飯を食べに新宿へ。

奴が戯曲を買うと言うので紀伊国屋にも。

そして、

「じゃあな」

って感じに別れて、ラム☆天の台本会議の場所へと向かいました。

 ― つづく ―

2004年3月27日 (土)

選手宣誓

徹夜で台本書き。

「おいおい、これちょっといいんじゃん?」

なんて、一人で興奮していた。

で、あとで読み直して、

「げ!」

となって、また書き直して、興奮する。

その繰り返し。

昼間、一時間だけ眠ってから下北に向かった。

うさぎへびの一倉梨紗ちゃんと、ザ・スズナリで観劇の為。

18時開演のソワレ。

行きの電車は、乗客が少なくて座席も空いてたもんだから、座席に飛び乗って、

「だっらぁーん」

って寝そべってしまいたい誘惑に駆られた。

でも、

「座ったら絶対に寝ちゃって終点まで乗り過ごす」

という確固たる自信があったので、ずっとドアのそばにもたれ掛かって外の景色を眺めてた。

そんな時って身体は死んでても頭だけは冴えてたりするんだよなあ、これが。

なんでだろ?

きっと、脳内でなんか出ちゃってるんだな。

分泌。

でも、その「なんか」が台本の台詞やト書きに昇華されたなら嬉しい。

という希望。

是非とも、そうであって欲しい。

で、下北沢駅到着。

芝居の開演前後には、梨紗ちゃんと来年の企画の話などをする。

彼女の話す言葉には、自分のやりたいことに対する前向きなこだわりを感じる。

そうゆう人と芝居の話をするのは単純に楽しい。

ラム☆天のみんなともそうだ。

そういうふうに期待してくれる人とは、きちんと関わって責任を果たしたいと思う。

「責任」なんて言葉は重くて嫌だけど、常に最高を目指していきたい。

なんて。

なんの宣誓だこりゃ。

がんばります。

2004年3月26日 (金)

ミルクの件

僕が今までの人生の中で一番太っていたのは、赤ちゃんの頃です。

近所に鏡山部屋という相撲部屋があったのですが、両親は僕をその相撲部屋に入門させようと話し合っていたそうです。

しかし、

「太ってるし、気持ち良さそうに寝てるから」

なんて理由で、ミルクを与えられなかったこともしばしばだったそうです。

で、痩せました。

それ以来、あまり太りません。

両親は、「ミルクの件」を笑って話します。

僕は笑いながら、

「おいおい」

と思います。

美味しいものは好きですし、食い意地も張ってるほうなんですけど、食欲旺盛ってほどではない僕が、今になって思うこと。

両親は、赤ちゃんの頃の僕に、ダイエットを強要していたのではないか?

絶対そうだ!

幼児虐待だ!

ミルク代、節約か!

・・・・・・

あれ?

母乳だったっけか?

思い出せない。

赤ちゃんだったから。

ああ。

子どもは母乳の味を忘れてしまうのだなあ。

生まれて初めての食事の味を。

ああ。

僕の人生で最期の食事は、一体なんになるのだろう。

考えてみた。

うん。

寿司が食いたい。

2004年3月25日 (木)

夜食

深夜、雨の降る中、近所のセブンイレブンへと食料の調達に。

部屋着にマフラーだけ巻いて、

「寒い寒い!」

と、傘をさして歩きました。

外に出た瞬間に、

「さむ!」

と、速攻で薄着を後悔したのですが、意地になって強行突破。

うちから5分ほどのところにあるセブンイレブンを目指して。

きちんと夕食をとったにも関わらず、おなかが空いてしまったのです。

それから、外の空気も吸いたくなって。

「ちょっとした温かい食べ物でも」

と思っていたのだけど、ついつい余計なお菓子なんかも買い込んでしまいました。

食事。

ミートスパゲッティ、サラダ、ミネストローネスープ。

お菓子。

プリン、ヨーグルト、ハッピーターン。

食べ出すと止まらないのが、ハッピーターン。

小学生の頃、友達の家に遊びに行った時、おやつで出された、ハッピーターン。

初めて食べた時は、あまりの美味しさに感動して、自分ちに帰ってから母親におねだりしまくったものです。

ハッピーターン!

ボリボリボリボリボリボリボリ。

ああ、太ってしまうなあ。

「少し太ったほうがいいよ」

そんなふうに良く言われます。

「もっと身体を鍛えなよ」

こんなふうにも。

うーん。

「わかっちゃいるけど」って感じです。

まあ、自分でも痩せてるほうだとは思います。

太るとしても、顔だけだったりします。

顔だけ太るのは嫌だなあ。

早口言葉で鍛えるか?

2004年3月24日 (水)

ザ・ドリフターズ

ザ・ドリフターズの昔のコントを集めた番組を観た。

いかりや長介さんの追悼の意味も込められたものだ。

子どもの頃、夢中になって観ていた、「8時だヨ! 全員集合」や「ドリフ大爆笑」のもそうだけど、ドリフのコントは大人になった今でも面白くて笑ってしまう。

うちの家族のアルバムには小学生低学年くらいの頃の僕と妹のアイーン写真が相当あるはずだ。姉はすでにそうゆうことには恥じらいを覚えていたらしく、そんな馬鹿写真は全くないのが対照的。

ドリフについての新聞記事や、コントに出演したゲストタレントさんのコメントによると、ドリフのコントはピーンと空気の張り詰めた稽古場で、かなりの時間を掛けて綿密に稽古を重ね、本番の収録に臨んでいたとのこと。

リーダーである、いかりや長介さんの仕切りで。

「粘り」の人だったらしく、他のメンバーが花札をやっている中、ひとりでじっとコントのことを考え込んだりもしていたそうです。

「お客さんが入ってる生のライブだから、もしウケなかったらと思うと怖かった」

「一回コケたら次のギャグで必ず取り戻さないといけなかった」

いかりや長介さんは、インタビューでそんなふうにおっしゃってました。

そこらあたりの芸人さんに言われてもあまり心に響かない言葉だけど、ドリフのリーダーの彼が言うと物凄く重みを持つ。

そして、あの爆笑コントやギャグの数々が、そんなにもストイックに作られていたかと思うと感動してしまう。

「お笑い」なんだから、こんなところで感動されても迷惑だとは思うけど。

あまりに厳しい稽古でグループの中でのゴタゴタもあったそうだ。

でも、そういう姿勢は格好いいし、見習いたい。

ああ!

一度でいいから生でドリフのコントライブや稽古を観てみたかった。

その願いが二度と叶わなくなってしまったのが残念だ。

亡くなったいかりや長介さんを偲ぶ言葉として、

「厳しくて温かい人でした」

というものが圧倒的に多い。

きっと本当にそうなんだろう。

素敵な喜劇人で役者だったんだなあ。

一緒にお仕事が出来た人が本当に羨ましい。

2004年3月23日 (火)

ご招待

母親の誕生日が今月だったもので、プレゼントとして、新国立劇場でやっている「こんにちは、母さん」に、ご招待。

チケットは和嘉ちゃんのツテで予約させてもらいました。

サンキュ!

母親に、

「チケット二枚取って、誰かと一緒に観に行く?」

と訊くと、

「あぁ、ううん、一人でいいや」

と答える母。

僕にとってチケットは安いものではなかったので、

「助かった」

なんていうふうにも思いましたけど。

まあ、ひょっとしたら、それを見越して遠慮したのかも、ですけど。

で、新国立劇場へは初めて行ったという母に、

「ちゃんと迷わず行けたわよ!」

と、何故か威張られました。

「う、うん、良かったね」

としか応えられませんでしたけど。

僕も初演は観ていたので、作品の良さは保障していたのですが、母も、

「面白かったよー」

との感想で安心しました。

作・演出である二兎社の永井愛さんと同じく、兎年の母。

芝居の感想を訊くと、

「やっぱりあたしたちの世代はねぇ」

と、永井さんに強い仲間意識を持った様子。

色々と自分のことに置き換えて、

「あたしが死ぬ時はねぇ」

なんて語り出したりするので、

「へー」

と思いながらも、笑ってしまいました。

自分の両親も健在だっていうのに、そっちの視点で見るのかよ、と。

「あたしが死んだら大変だよ?」

が口癖の母ではありますが。

でも、「年老いた親」というのもテーマのひとつなので、そのあたりも興味深かったようで、パンフレットや他の作品の戯曲も1冊買ったりと、観劇を楽しんだようです。

基本的に僕は親不孝者なので、こんなふうに、たまの孝行で点数稼ぎというわけです。

そんな僕の考えも、きっと見透かされてるとは思いますが。

2004年3月22日 (月)

雨の日に

「姉」

が出てきました。

パソコンで、

「雨」

という文字を打とうとしたら。

僕には、一つ年上の姉がいます。

二つ年下には妹がいます。

僕は長男であり、キョウダイの真ん中です。

僕たちは、三人キョウダイです。

雨の日にほんの少し、キョウダイを思い浮かべました。

2004年3月21日 (日)

転がる石に苔は生えない

わりと空いた電車に乗っていた。

座席に座ってウトウトしていると、床の上を右から左へ、黒い物体が、

「スーッ」

と、横切ってゆく。

ゴキブリ?

電車の中にゴキブリが!

と思ったら違った。

チョコボールだった。

正確に言うと、「クエッ、クエッ、クエッ」のチョコボールより、ふたまわり大きいサイズ。

しかし、チョコで出来ているであろう、その丸い物体はチョコボール。

コロコロと転がって、すぐにドアのところで止まった。

子どもが食べてたのを落としたのかなぁと思い、右側を見渡しても子どもはいないし、誰もチョコボールの箱らしき物は手にしていない。

じゃあ、きっと誰かが落としたまま電車を降りちゃったんだな。

なんて思っていると、2個目が。

コロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロ。

電車の床を。                   ・

コロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロ。

「なあ、俺たち、どこまでいけるのかなあ?」

「そうだな・・・いけるところまで?」

みたいな感じ。

ノンストップで転がってゆく。

いや、確実にどこかで止まるんだろうけど。

消えてゆくなあ。

と、チョコボールの行方を追えるところまで目で追ってからふと顔を上げると、なんと向かい側や隣り近辺に座っている何人もの人たちも俺と同じように、興味津々といった様子でチョコボールの行方を目で追っているではないか。

そして、お互いに目が合った瞬間、みんなが我に帰り、俺も含め、そこに居合わせた人たち全員の間に柔らかな空気が流れ、笑顔がこぼれたのであった。

ピース!

俺たちは、赤の他人同士でも微笑み合えるんだ。

年齢も、性別も、職業も超えた新たな関係が、チョコボールによって生まれた瞬間。

ほんのささやかな、一期一会。

ちょっと感動した。

でも、あのチョコボールは誰も拾わないだろう。

情けないことに、この俺も。

だって、手がベトベトしそうなんだもの。

しかし。

拾ってゴミ箱に捨てる人は格好いい。

拾って食べる人はきっと馬鹿。

そういうものだ。

2004年3月20日 (土)

さてさて本題

他の現場の叩き作業を仕切っている甲賀さんの到着の前に、登子さんと美術プランを話し合う。

前もって考案していたプランを元に、みんなでアイデアを出し合い、現実的に可能かどうかを登子さんに検討していただく作業。

こういう打ち合わせの時は、お互いのアイデアを面白がれるような関係が望ましいと、いつも思う。

登子さんはそのへんが柔軟だし、俺が馬鹿なことを言ったら、

「んー」

って考えて、より効果的かつ現実的な判断をしてくれる。

うん、打ち合わせの初回から具体的なイメージが湧いてきて嬉しい。

そうこうしていると、甲賀さんらしき人が現れる。

「らしき」というのは、お会いするのが初めてだったから。

役者の本間剛さんのツテで御紹介していただいた、突貫屋の若き舞台監督さん。

初対面で顔も知らなかったし、声も聞いたことなかったのに、階段を上がってきて姿が見えた瞬間に、

「甲賀さん?」

って訊いてしまった。

なんでだろ。

なんとなく空気で。

でも、ビンゴ!

甲賀さんが、

「あ、はい、甲賀です」

と言うと、みんなで一斉に、

「どうもーっ!」

となった。

甲賀さん、ちょっと驚いてました。

あ、そうそう、和嘉ちゃんがウケを狙った感じの自己紹介をして、撃沈していたっけ。

そのことを帰りの時に本人に言ったら赤面してたっけ。

可愛い奴め。

そののち。

甲賀さんにやって頂くことになる仕事内容の確認と相談。

彼は年下ながらもテキパキとしていて、とても頼もしい。

充実した打ち合わせとなりました、の巻。

2004年3月19日 (金)

一階のオンナノコ / 三階のオトコノコ

夜、新宿のイタリアン・トマトの三階にて、ラム☆天vol.2の打ち合わせ。

その打ち合わせの前に腹ごしらえ。

一階のカウンターで、アスパラとトマトのスパゲッティを注文。

ハキハキとした若い女性店員さんに、

「大盛りにできますか?」

と訊いたところ、困り顔で、

「ラージサイズでしたら」

と言われた。

こちらも困り顔になってしまった。

しかし、一瞬の間ののちに、

「じゃあ、ラージサイズでお願いします」

と注文して、カフェラテのLサイズとともに三階へ。

なんだか楽しい気分になったので、階段を上がる足取りも軽くなる。

しばらくすると、やけにフラフラと歩く、スカした若い男性店員さんがスパゲッティを運んで来た。

うつむき気味で。

視線は明後日の方向で。

そして、小さな声でぼそっと。

「おまたせしましたぁ」

と言い、

「コトン」

と、テーブルにスパゲッティを置き、去って行った。

ふーらふら、ふーらふら、ふーらふら、ふらぁ。

・・・・・・

いやいや。

やる気なくね?

笑顔なんてもう皆無。

「ゼロ」の発明です。

ある意味すごいよ。

それでも、心優しいわたくしたちは、

「大丈夫? 毎日ちゃんと食べてるの?」

なんて、彼の食生活などを心配したりして。

嘘です。

フラフラのお兄さんは、一階の愛らしいお姉さんに、

「接客とはなんたるか?」

を説いていただき、まずは答えの一つである、

「愛敬」

を獲得し、ぜひとも一から出直して来ていただきたい。

このお店、めったに来ませんけど。

必ずチェックしに来るからね。

って、また嘘ついちった。

で、食事後。

禁煙席だったので、一階へと煙草を吸いに行ったりしていました。

そこへ向井登子さんが登場。

ダンダダンッ!

イエイ!

ここで今回の打ち合わせメンバーのご紹介。

ラム☆天の三女優、舞台美術の登子さん、舞台監督の甲賀亮さん、俺。

 ― つづく ―

2004年3月18日 (木)

ラム☆天withチュウチュウ鍋、って俺が入ってなくない?

昨日、会議のあと、フルーチョの佐藤宙輝と駅前のスーパーで待ち合わせをして、鍋の食材の買出しをしました。

ラム☆天withチュウチュウwithタケ鍋。

罰ゲームのように俺が持たされたビニール袋がやたらと重かった。

飲み物いっぱい!

みたいな感じの内容。

楽しかったですよ、鍋パーチー。

予算が一人あたり550円とか650円だったのにも関わらず、盛りだくさんで、美味しかったです。

仕込みをやってくれていたのが、順子と里香ちゃんと宙輝。

邪魔にならないように座って待っていたのが、和嘉ちゃんと俺。

花粉症なのも和嘉ちゃんと俺。

宙輝は、自分で持ち込んだ焼酎を色んなので割って飲んでいました。

しかし何故、酔いがまわりだすとアイツは、

「うあぁ、やべぇ、俺、酔ってるわぁ」

を連呼するのでしょう。

面倒臭い奴です。

鍋終盤戦から、ご近所の枝元萌嬢と木村方美嬢が見参。

萌はともかく、きむちゃんとは久々にお話できて良かったです。

で、深夜3時頃に、おいとま。

宙輝の部屋まで、くっちゃべりながら歩いて帰宅。

部屋に着いて早々、自分には小さくて合わないというシャツをもらった。

アイツに会う時には常にこのシャツを着て行って、喜ばせてやろうと思う。

芝居の話をしたり、お笑いのビデオを観たりして早朝6時に就寝。

一緒の布団では気まずいので、借りた寝袋の中で。

寝てる間、自分の咳で何度も起きるはめに。

昼過ぎに、

「寒いなあ」

と思いながら部屋のドアを開けたら、雨が降っていた。

実は、順子の部屋を出た時に空気の匂いを嗅いで、宙輝と予言していた雨だった。

少し壊れた傘を借りて帰る。

2004年3月17日 (水)

欲求

夕方、渡辺順子の部屋に集まり、ラム☆天の会議。

書けたところまでの台本を持っていきました。

三人が一度ずつ黙読し、ダメ出しとディスカッション。

いつの間にか正座になってる俺。

何故か?

ご想像ください。

何故なら、目指してるところはあるんだけど、そこに焦点が定まらない台本だったからです。

テーマや要素は、はっきりとしているのに、物語として機能していない状態。

三人も言ってたことなんですが、理由はわかってるんです。

ここには書きませんが。

最高の公演が終わったあとに書きたいと思います。

で、えっと、自分のプロデュースでやるワンゲルの場合、乱暴な言い方をしてしまえば、俺だけの好みやリスクで書けます。

もちろん、出演してくれる役者に対する責任は重大なんですけど。

でも、今回はラム☆天の公演なのだから、台本に対する三人の好みや意向は当然あるわけで、俺のそれとは食い違うこともあります。

もしも十人の人間が集まれば、十通りの芝居の創りかたがあるんだとも思いますし。

三人がワンゲルの公演の成果を経て、俺に期待し、台本と演出を依頼してくれたのだから、その期待にはなんとしても応えたいし、書き手としても前作以上の作品を創りたいという欲求があります。

そして、それは「形」や「結果」として表わしていかなければいけないのです。

キャスティングなんかの為にも時間が足りなくなってしまうことですし。

と、なんだか暗くてドヨーンとした印象を与えてしまっている気がしますが、ヘビーな感じがするようなやりとりでも、振り返ってみると、効果的で必要なことだったりするのです、きっと。

つーか書けよ!

って、そりゃあ一発で最高傑作が書けてしまえば、全然問題なしなんですけど、そうもいかないから苦しくって!

でも、ラム☆天の三人のおかげで作品の芳香性、あー、また変な変換!

もとい、作品の方向性は定まりました。

ありがとう。

俺、泣いちゃう。

いやいや。

8月には絶対に素敵な芝居をお観せしますので、楽しみにしていてください。

俺とラム☆天のみんなとの最小公倍数ではなく、最大公倍数を目指すのです。

台本の段階から。

まずは最初に読んでくれる三人を喜ばせたい。

2004年3月16日 (火)

深層心理

昼間、泥どろになって寝ていた。

そして、SFチックなアクション・ラブコメ映画を観ている夢を見た。

背が高くて男前の日本人男性と、金髪の美人外国人女性が主演だった。

にしても、なんかベタな夢なんだよなあ。

まあ、俺の夢だから仕方ないけど。

で、映画はというと、すごくお金が掛かっている感じの超大作で、内容も面白くて興奮した。

でも、それはどうやら演劇だったのだ。

宇宙飛行機とかのアクションシーンは3D映像をスクリーンに映して、人間の芝居の場面は舞台上のセットでやる、という演劇。

わけがわからない。

そんなのありえないだろうけど、夢の中では気にせずに納得していた。

なんか、

「ディズニーランドとかのアミューズメントパークみたいだなあ」

くらいの感覚で。

終演後の楽屋口で、主演していた日本人の役者さんに挨拶した。

まずはガッチリと握手。

「いやあ、面白かったよー! あのシーンはどうゆうふうにやってたわけ?」

なんて、生意気に訊いていたりして。

全く面識のないスターっぽい役者さんなのに、感想などを伝えたりして、和やかに談笑。

楽屋口のはずなのに、豪華なレストランの中だし。

カクテル片手に持ってるし。

酒なんてろくに飲めやしないのに。

夢って、変。

その豪華なレストランの場面で目が覚めました。

なぜか汗だくになって。

この夢、夢占いで調べたら、どんな深層心理を表現しているのだろう?

なにかに対してのコンプレックスかな?

んー。

でもまあ、風邪が治ったから良かった。

風呂に入って、もうひと頑張り!

今晩の月を見たら、「ギター弾きの恋」でショーン・ペンが必死になってしがみついていた、あの張りぼての月を思い出した。

2004年3月15日 (月)

自己カルテ

それにしても。

この脱力感は只事ではない。

どうやら風邪をひいたみたい。

呼吸をするのが苦しいのです。

「ひゅうひゅう」いってます。

おそらく気管支がやられています。

あと咳と倦怠感と関節の痛み。

しかし。

こうゆう病気の症状って、改めて文字で書くとマイナス要素を醸し出すものだなあ。

控えます。

うつしてしまうと申し訳ないので。

はい。

うじうじしてるのも嫌ですし。

あんまり寝込んでもいられません。

働かなくっちゃ。

でも。

風邪をひいた時の対処方法って人それぞれですよね。

僕の場合は。

胃に優しい食事をして水分とビタミンを多めに摂って汗かいて。

といった感じです。

チクショー。

風邪のウイルスめ。

俺は病気には優しくない男だぜ?

速攻で治す!

2004年3月14日 (日)

牛乳デイズ

白いご飯を牛乳で食べるということが苦手でした。

それでも、ほとんど毎日、学校の給食はその組み合わせだったのですが。

給食の時間になると、男子二人と女子二人の、四人一組の班で机をくっつけて、白いテーブルクロスを敷き、食べていました。

うっかり牛乳のビンを倒し、ドボドボと中身をこぼしたりしてしまった場合は、その牛乳びたしのテーブルクロスを家に持ち帰り、洗って、また学校に持って来ることがルールでした。

あれ、何回やったかわからなくなるくらいやったなあ。

そのあとの数日間は、ランドセルとかスポーツバックが牛乳臭くなったものです。

臭いついでに、牛乳まみれのテーブルクロスを家に持って帰るのも面倒臭かったので、学校の屋上で乾かして、誤魔化したりもしました。

次の日には必ず、班のみんなにバレてしまいましたが。

それから、牛乳の早飲み大会。

「くだらないなー」

なんて思いつつもやってました。

「いやいや、子どもじゃないんだからさー」

まあ、やりだすとどうにも熱くなるんですけど。

子どもだから。

チャンピオン決定戦とかもあったりして。

大人になってからは、牛乳をビールに代えて、飲み屋でやってるのをよく見かけますけど。

俺はやりません。

体質的に弱いから。

酒に。

でもまあ、大人になって良かったなあ。

ある程度は自由ですもん。

白いご飯をお茶で食べたからって誰も文句なんて言いませんし。

「社会的にどうなんだお前は?」

って感じの、こんな大人ではありますが、おかげ様でなんとかなっていますし。

いや、なってないか、うん。

ちょっと、昔を思い出しちゃいました。

あ、ここ何日かで、やっと台本書きの進みが良くなり出したのです。

単純に嬉しい。

このまま最後までいってくれ!

2004年3月13日 (土)

こんきょは、母さん

子どもの頃、いつのまにか背中に大きなアザが出来ていました。

母親に連れられて近所の病院に行き、診察を受けたところ、哀しいことに先生の頭の上には「?」マークが、ぽっかりと浮かんでしまいました。

とても不安になった僕たち親子。

今度は、その開業医に紹介された、御茶ノ水にある大学病院へ。

そこの先生はメスを片手に言いました。

「原因不明だけど、とりあえず切ってみましょうか」

いや、とりあえずって。

「そ、それで治るんですか?」

と、母親。

「いや、わからないので、とりあえず調べる為に」

と、医者。

だから、とりあえずは嫌。

そして、先生が僕の背中にメスを入れようとする直前、母親が、

「やめてください!」

と、止めたのでした。

このように、危うく僕の身体のひとかけらが標本にされかけたわけですが、母が泣きながら止めてくれたのです。

で、大学病院からの帰り道。

「アザができたのは何故?」

という謎に対して、母が悩み抜いて出した結論。

「牛乳の飲み過ぎ」

根拠は?

母さん。

それからしばらく、背中のアザには何もしないで放っておいたのです。

わけのわからない母の思い込みのせいで、大好きだった牛乳だけは飲まずに我慢して。

はい、治っちゃいました。

不思議なことに背中のアザは消えてなくなってくれたのです。

母の愛情のチカラを感じました。

ありがとう、母さん!

でも、しばらく牛乳を断つことになってしまったので、そのことがショックでした。

あと、そのアザの話題になるたびに、母が満面の笑みで、

「メスで切られなかったのは、あたしのおかげよ?」

と、やたらと恩着せがましく迫ってくるのにも参りました。

ったく、俺の身長が伸び悩んだのは、そのせいかもしれないんだぞ!

青春を返せ!

なんて。

まあいいや、身長のことなんて。

だいたい、牛乳嫌いで背が高い人たくさんいますもん。

身長なんてとっくに諦めてますもん!

 ― つづく ―

2004年3月12日 (金)

超学校

パソコンで、

「小学校」

と打ったつもりが、

「超学校」

と出てきてしまいました。

「タンッ」

と、文字を変換してパソコンの画面を見たら、

「超学校」

がそびえ建っていたわけで。

しょっぱなから打ち間違えると、

「イーッ!」

ってなっちゃいます。

なんか悔しいので、「超学校」のヤツをのっけてやりました。

ふふん。

って駄目だぞ、俺。

もっとね、青く澄み切った大空のように、広い心、持たなくちゃ。

夜だけど。

いや、

「超学校ってどんな学校だよ、超通いてー」

ってほどのこともないんですけど、

「あ、間違えちった」

なんて、無視もできなかったものですから。

小学校や中学校の頃、給食の時に出た白いご飯。

「あれってやっぱり、牛乳に合わなかったよなあ」

ってことが書きたかっただけなんです。

なのに。

小学校+中学校=超学校

今朝、パンと牛乳を食べていたら、ふと思い出したのです。

「この牛乳、お茶と代えて欲しい」

と思っていたあの頃を。

やはりあれは、子どもの成長を促がす為だったんでしょうか?

まあ、そうですよね。

そうでなければ納得いきませんもの。

食い合わせってありますでしょう?

ちなみに僕、牛乳は大好きなんです。

 ― つづく ―

2004年3月11日 (木)

大漁

後輩の役者さんがたくさん出演しているお芝居を観に行きました。

音響さんは我らの松本昭さん。

そうです、音スタの。

お客さんの中にも、久し振りに会う知人や友人がたくさんいて、嬉しい気分になりました。

いや、もちろん身内ばかりじゃありませんでしたけど。

2004年3月10日 (水)

明るく生きるよ!

足首がすごく痛いです。

両方の足首。

右の足首は1月に痛めました。

舞台の仕込みの時に舞台上から落ちて。

だいぶ前の怪我なのにまだ痛いのです。

畜生。

治ったと思ったそばから痛くなりやがる。

左の足首は先週、痛めました。

忍冬でアップの鬼ごっこをやっていて。

やってる最中は痛くなかったのに、帰る頃になって激痛が走りました。

単なる鬼ごっこをやっただけなのに。

ガラス男か、俺は。

「老い」について真剣に考える時期がやってきたんだなぁと、切ない気持ちになったり、ならなかったり。

現在、外出する時は基本的に、歩きの生活なんです。

先日、心無い人間に自転車を盗まれてしまったので。

・・・・・・

悔しいよ!

自転車返して!

道を歩いていて、両足首が痛むたびに自転車泥棒への恨みが募ってゆきます。

「♪恨み~まぁす~恨み~まぁす~」

そんなフレーズが、エンドレスで流れます。

しかし、あれは誰の歌だっけ?

ちゃんと聴いたことがないからわからないけど、今の俺のテーマソング。

いやいや、なんて暗いテーマソングなんだ。

もうやめよ。

昼間、漫画を読んでいて泣きそうになりました。

なんだか最近、涙もろくなっています。

映画とかを観ていてもそうです。

すぐに感動して泣いてしまいます。

心の琴線に、「ズバンズバン」と、ストライク入りまくりなんです。

これも、「老い」のせいなのでしょうか?

なんか弱気?

それとも、いいモノと出逢ってるってこと?

うん、出逢ってる、出逢ってる。

わからないけど、そういうことにする。

2004年3月 9日 (火)

鳥まわり

なにやら鳥まわりが大変なことになってますが、そんなことはお構いなしにガンガン食べてます、鳥。

大好きですもん、鳥。

バイトしてましたもん、恵比寿の焼き鳥屋で。

お客さんがガラス越しに座ってるような、ちょっとお洒落な感じのお店だったなあ。

焼き場で煙りにまみれながら大忙しで焼いてました。

「備長炭」

あの炭を火にかけると、真っ赤になったりしてクソ熱いんです。

長い備長炭を短くする為には、ゴミ拾いに使うような金属のやつで思いっきり叩き折るんですけど、

「カキィーン、カキィーン」

という音がまるで、サムライが刀で斬り合ってるような臨場感を焼き鳥屋の店内に醸し出していたものです。

で、たまに自分で好きなのを焼いて、しゃがみ込んで、盗み食いして、太りました。

一日に十本しか出さないような、

「トロ」

と呼ばれる高級な白レバーもいってました。

それまでレバーは駄目だったのに、それを食べてからはもう、虜。

好みの塩加減で、

「外側はパリパリ、中身は半焼き」

の基本技術でクルクル焼いて。

若くて長い黒髪の良く似合う男前の人が店長だったんですが、まるでチンピラのような性格の方だったので、命懸けでこそこそと食べていました。

「なにもそこまで必死になって盗み食いすることなかったのに」

と、今なら思えます。

でもきっと、あれは反骨精神の表れだったんだろうなあ。

チンピラ店長への屈折したリベンジ。

「っだよおめー、意外と不器用だよなぁ、よく言われねぇ? おらどけ!」

なんて、怒鳴られながら仕事を教え込まれてたからなあ。

いや、

「盗人猛々しい」

とは、このことですけど。

不器用なのは本当ですし。

店長も優しいところあったし、面白いことよく言ってたし。

それにしても。

ワンダーフォーゲル=渡り鳥

やばいかも!

ウイルス!

いやいや、ほんとに気をつけよ。

そんなの超怖いですもん。

どうやって気をつけるか知らないけど。

「温かくして食べる」

ってことくらいしか。

食べなきゃいいのか?

カラスが減ってるのは、

「都の行政が頑張ってる成果だ」

って、ニュースでやってたけど、もしかしてウイルスのせいなのでは?

養鶏場で何羽か死んでたらしいじゃないですか。

「12モンキーズ」みたいになったらどうしよう。

「ブルース・ウイルス」ではありません、「ブルース・ウィリス」です。

あの映画は好きだけど、実際になったら嫌だなあ。

2004年3月 8日 (月)

朝日ソーラーじゃけん

朝方まで徹夜して台本書き。

布団にもぐり込み、昼過ぎまでドロドロになって眠る。

で、のそのそ起きて、ごはんを食べて、また書く。

はー。

我ながらこんな生活は、「不健康だなあ」と思っています。

そして、実際に不健康には違いないんですけど、

「このリズムが一番に書けるのだから仕方ない」

と、諦めてしまっています。

「深い諦念」

というやつです。

違うか。

それにしても寿命、縮まってるのかなあ。

もしも、自分の残りの寿命がこう、目に見えるメーターか数字なんかで計れてしまったら?

きっと怖くなり、徹夜なんて速攻でやめてしまいます。

こう見えても僕は小心者なもので。

って、見たまんまか。

でも、わかんないからなあ、寿命。

良かった、わからなくて。

それに健康的な気分だと、どうも書けないんです。

なんでだろう?

「真っ当な人間はお天道様の昇っている間に働くものだ」

と、以前、僕の父親は言っておりました。

お父さん、ごめんなさい。

まあ、あのう、ちょっと追い詰められた気分でないと、僕みたいなサボリは駄目だということなんでしょう。

集中力、あんまりないですし。

すぐに気が散って他のことやりたくなるし。

それでも、一度火がつくと、どうにも止まらなくなるほうなんですけど。

もう我武者羅デス!

・・・・・・

あ、でも、喫茶店とかファミレスなんかでは書いてみたいかも。

黙々とキーボードを叩きながらコーヒーおかわり。

灰皿には、おびただしい数の煙草の吸殻。

たまに腕組みをしつつ、パソコンの画面を睨み、思案に耽ったりして。

うん、作家っぽくて、なんだか格好いい感じ。

ふふ。

・・・・・・

作家だと!

俺ごときが!

この馬鹿野郎!

甲斐性なし!

僕がそんなことやったって所詮アレです。

作家「気取り」です。

だいたい、僕のノートパソコンだと「遠征」無理ですし。

でも、やってみたい気もするんです。

「遠征」というやつを。

なにか違った世界が見えるかもしれませんし。

その為には薄くて、軽くて、バッテリーが長持ちなノートパソコンがなくては。

よし。今度、電気屋さんでものぞいてみよう。きっと買えないけど。

よし。んなことぐだぐだ言ってないで、とりあえず外に出て、太陽の光りを浴びることにしよう。

俺自身のバッテリーが、尽きてしまうから。

はは。

2004年3月 7日 (日)

○○(仮)

昼間、台本書きをしていて、夕方からは昨日に引き続き、恵比寿ガーデンプレイスへ。

東京都写真美術館で「文化庁メディア芸術祭」が行われていたので、それを観に行ったのです。

本当は昨日の夜に観たかったのですが、6時で終わってしまっていたので、最終日の今日となりました。

アート、エンターテイメント、アニメーション、マンガと、様々な部門の受賞作品がたくさん展示されていたのですが、デジタルとアイデアを駆使した中にユーモアや温かみを持った作品が数多くあって、なんだか嬉しくなっちゃいました。

アート部門で受賞していた、ある3分程の短いCG映画では、ジーンと目頭に熱いものが込み上げてきたくらいです。

台詞はひとつもない映像だけの作品なんですが、きました。

他の作品たちに対しても、

「こんなものがあるんだあ!」

という驚きの連続で、純粋に楽しめて大満足。

そして、夜には渋谷で打ち合わせ。

一倉梨紗ちゃんと原口優子さんと3人で居酒屋にて。

5時間くらい絶え間なく、もう色んな話題で盛り上がりました。

みんなでやりたいこと、芝居や映画や役者さんのこと、寝てる時にみる夢のこと、血液型、男について、女について、などなど。

梨紗ちゃんも、はぁこさんも、まだ出会って間もないんですが、なんだかそんな感じがしなくて、ちょっとはしゃいじゃいました。

あ、おふたりは元々、何年来かの親友同士なんですけどね。

この打ち合わせの未来にあるものも、今から楽しみ。

2004年3月 6日 (土)

不幸中の幸い

昼間は勉強会の忍冬に参加。

「スイカヅラ」と読む植物から名づけられたこの会。

今回の参加人数は七名。

読んだ戯曲は、土田英生さんの「きゅうりの花」という作品です。

男役五人、女役二人。

ちょうどぴったし。

この「きゅうりの花」という戯曲は僕も持っているのですが、もともと印象が良かったものです。

ストーリーや細かい流れは忘れてしまっていましたが。

しかし、実際に声に出しての読み合わせが出来て良かったです。

地方にある小さなコミニティの話なんですが、その中での人間模様が良く描けているのです。

土田英生さん特有の「笑い」の要素が上手に盛り込まれていて。

演じ手としては反省も多かったのですが、「ああ、こんなことあるある」的なシーンが多くて楽しかったです。

そして、夜は1人で恵比寿ガーデンプレイスへ。

観たい映画があったので、ウキウキ気分で。

しかし、僕が観たかった回は満席でもう無理。

レイトショーならば大丈夫とのこと。

んんん。

「じゃあ、レイトショー一枚ください」

と、予定をずらしました。

9時25分の回まで約三時間。

「あーあ、一人だけでどうしてよっかなあ」

と悩みました。

で、どうしていたかというと、江原里実さんという加藤健一事務所の後輩の役者さんに、夕食を御一緒してもらっていました。

何故、そうなったのかといいますと。

レイトショーを観ることが決定した僕は思い出したのです。

偶然、ほんの数分前にガーデンプレイス内で会って、

「おお、誰かと思ったよー!」

と挨拶をしたばかりの江原さんのことを。

一度は、

「でも、電話番号知らないしなあ」

と、諦めたんです。

ですが、そう思ったとたん、再会。

理由を説明したら、快く夕食に付き合ってくれました。

こんなこと初めて。

江原さん、どうもありがとう。

そのあとで観た映画も良かったです。

とても。

2004年3月 5日 (金)

自給自足

深夜、モスバーガーへ。

寒い中、眠気に襲われ、もうろうとしつつ。

注文したものが運ばれてくるまでの間に、トイレで用を足してしまおうとドアを開けたところ、一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなり、思いっきり動揺した。

「どこでもドア」を無意識のうちに使ってしまった感じ。

まあ、結局のところ、そこはモスバーガーのキッチンだったのですが。

ドア、間違えた。

なにをやってるんだ俺は。

恥ずかしい。

たぶん、キッチンの中の店員さんには気づかれなかったと思うけど、他のお客さんがすぐ近くにいたもので、つい、

「おっと!」

なんていう言葉を発してしまった。

別に、こちらのことなど見てもいないのに。

誰に対しての言い訳だ。

自意識過剰。

そして、

「いや、本当はトイレに行こうとしてたんですけどね」

とでも言うように、大袈裟にトイレのドアを発見するリアクションを取りつつ、トイレに入った。

恥の上塗り。

そして、その上塗りにさえ、誰ひとり気づいていない現実。

トイレのドアを閉め、狭い空間に1人きりになってから、

「カアァァ」

となった。

なんて無意味な自己生産なんだろう。

でも、そんなふうに思ったら、ちょっと笑えた。

2004年3月 4日 (木)

訪問デー

昼間、有線放送のアンテナ取り付け業者の方がウチに来てくれました。

先日、TSUTAYAのクジ引きで当たったやつの工事の為です。

その業者の方が、ウチの前からかけてくれた確認の電話で目覚めた僕。

「工事に来た者ですー」

「はあ・・・」

「今、お宅の目の前に来ているんですがー」

「・・・んが!」

今日が工事の日だということをすっかり忘れていて、部屋を全く片づけてなかったのです。

それはもうひどい散らかりようだったもので、他人には決して見られたくなかったのですが、仕方なく部屋にお通ししました。

やはり、わざわざ来てくださったのにも関わらず、帰らせてしまうのは感じが悪すぎるので。

いや、部屋の散らかり具合もかなり感じ悪かったのですが。

すみません。

常識知らずです。

恐縮ものです。

さて、このたび我が家に工事にきてくださったのは、にこやかな若い男性。

汚い部屋を見てきっと、

「おいおいー」

って思っただろうなあ。

「ったくよー、今日、工事に来るってわかってただろーがよー、つーかおめーが今日って指定したんじゃねーの?」

とかも思っただろうなあ。

すいません、すいません、すいません!

ふー。

それでも今日は、

「我が家に有線がやってきた日」

として、嬉しい感じに記憶しておこう。

そして夜には、日沖和嘉子ちゃんと二人で、ラム☆天vol.2の為の取材に出掛けました。

和嘉ちゃんが、地人会の公演で知り合った高安智美さんという女優さんと一緒に、高安さんのいとこの女性のお宅にお邪魔したのです。

その内容は公演の為になんなんで控えちゃいますが、とっても楽しい時間を過ごさせていただきましたし、とってもいい刺激になりました。

美味しい御飯までご馳走になってしまって。

もう、感謝です。

その方はチワワの女の子を飼っていたのですが、その子がまた可愛くて。

「がああーっ」

と、動き回っていたかと思うと、僕のひざの上で、

「ふるふる」

と、震えていたりして。

その感じがたまらなく愛おしいのです。

「また遊びに来てくださいねー!」

と言ってもらえたので、今度はラム☆天のみんなとお邪魔しちゃいたいと思います。

2004年3月 3日 (水)

ラムネ☆天色堂との雛祭り

駄目駄目です。

台本の第一稿が、本日の締め切りに間に合いませんでした。

まだ構想全体の五分の一ほどまでしか書けていません。

ラム☆天の皆様、申し訳ありません。

午後3時からのミーティングに間に合うギリギリまで粘り、とにかく書けたところまでを四人分プリントアウトして江古田へダッシュ。

三人に台本を配り、書き上がっていないことを詫び、読んでもらいました。

緊張と恐怖と興奮の入り混じった時間。

僕は、シャノアール特有のでっかいボール状のカップに入ったカフェオレを飲みながら待ちます。

台本を読んでいるみんなの表情に一喜一憂。

そして、ディスカッション。

いつもながら、批評されるということは楽しくも辛いもの。

まあ、最後まで書けていないので、なんとも言えない状態だとは思うのですが。

たとえば、

「息子が不良高校生で煙草を吸って停学になって学校の先生に呼ばれてお話を伺う父親」

たとえば、

「娘がコギャルで援助交際をして補導されて警察に呼ばれて指導される父親」

でも先生、いい子なんです!

みたいな感じになります。

違うか。

僕という父親が駄目。

でもきっと、チャーミングな子に育てます。

みんなと意見を交わしていて、膨らんだことも多かったですし。

あと、ここ数日前から急激に、「台本を書く」ということへの喜びに目覚めてきました。

おそっ!

2004年3月 2日 (火)

ふられ道

夕方、ぼんやりと外廊下で煙草を吸っていました。

ふと見下ろすと、塀の上を三毛猫が、

「スススー」

と、歩いてゆきます。

近所の屋根に登っているのを、よく見かける猫です。

「あ、アイツだ」、

と思って、

「猫っ」

と声を掛けると、猫は、

「!」

と止まって、

「クイッ」

と僕を見上げます。

僕と猫の目が合いました。

一瞬だけ。

で、猫は逃げるように去ってゆきました。

・・・・・・

うっ。

はっきり言って、僕は動物に好かれません。

理由はなんとなくわかってるんです。

僕が、

「動物大好き!」

ってわけじゃないからかなあって。

それでも、声を掛けるたんびにノーリアクションだったり、怯えられたり、逃げられたりするので、僕なりに、

「うっ」

と、少しだけダメージを受けているわけです。

だって、動物にくらいモテる男でいたいじゃないですか。

で、僕だけの動物王国を創ってみたいんです。

嘘です。

そんなものは要りません。

ちょっと、優しくされたかっただけなんです。

2004年3月 1日 (月)

グルルルルゥ!

台本書き。

煮詰まったりした頃、みぞれや雪や雨やらがやんだので近所を散歩。

冷たい空気でも吸って、

「モン、モン、モーン!」

と、熱を帯びた頭をすっきりさせたいと思ったので。

だらしない部屋着にハーフコートを羽織ったボサボサ頭という格好。

ポケットに両手を突っ込み、難しい顔をして歩く。

寒い。

しかし、ちょっとでも良いアイデアが出てくると、突然ニタニタしだす俺。

ふふ。

気味が悪い。

早く帰ろ。

で、犬に吠えられた。

変な気配だしてた?

嫌な感じだ。

ああ、2日間風呂に入ってないからか、身体がかゆい。

やっぱ臭いかなあ。

え、だから吠えた?

また犬に怒られないよう、今夜は風呂に入りました。

さて、さっぱりしたところで、もうひと頑張りだ!

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